2024
07.02

有限会社興洋水産 専務取締役 澤田 和彦さん

PERSON, 海業

漁師の暮らしに触れるー海の変化が分かる定置網漁ー

皆さんは、定置網漁と聞くとどんな漁を想像されますか?網にかかった魚を獲る、ということは容易に想像がつくものの、網の中の魚をどうやって引き上げるのか、どんな魚が獲れるのかなど、知らないことだらけです。

今回、鳥取県・岩美町の浦富(うらどめ)漁港で定置網漁を行う興洋水産の澤田さんにお世話になり、実際に漁船に乗って漁を見学させていただきました。ここでは、その体験レポートを兼ねて、岩美町で行われる伝統漁法の一つである定置網漁をご紹介します。

乱獲をしないため、サステナブルな漁法とも言われる定置網漁ですが、その理由についてもお伺いしてきました。普段触れることのない漁師の世界を覗いてみましょう!

浦富漁港ってどんなところ?

鳥取県岩美町の日本海側に広がる浦富海岸は、京都府から鳥取県にまたがる「山陰海岸ジオパーク」の一部で、自然豊かな景勝地です。入り組んだ海岸線が特徴のリアス式海岸が東西に約15km広がり、漁場にも適しています。ここには、網代(あじろ)、田後(たじり)、浦富(うらどめ)、東浜(ひがしはま)の4つの漁港があり、昔から漁業が盛んに行われてきました。

網代漁港や田後漁港が1回の漁を数日かけて行う「沖合底びき網漁業」を中心とするのに対し、浦富漁港では比較的沿岸部に近い沖合で行う「小型定置網漁業」が中心です。3月中旬~12月のシーズン中は、海の状態が良ければほぼ毎朝出航し、1~2時間程度で港に戻ってきます。

朝焼けの美しい浦富漁港

案内人は60歳で漁師になった澤田さん

今回お世話になったのは、有限会社興洋水産 専務取締役の澤田和彦さんです。鳥取県庁のご紹介でお会いする機会があり、そのことがきっかけで、地域のためになるならと特別に同行取材の許可をいただきました。

澤田さんに初めてお会いした時、漁師っぽくないなというのが第一印象でした。長年会社勤めを経験され、子どもの頃から海の仕事には触れていたものの、父親の後を継いで定置網漁を営む兄を助けるために漁師の世界に入ったのは60歳の時とのこと。会社員の私たちにとって、話しやすい雰囲気だったというのも納得です。

入社のきっかけは、台風によって定置網の設備がすべて流されてしまったことでした。台風被害はそれまでにも何度もあったそうですが、その度に相当な損害額になります。澤田さんは、被害が出てから復旧するのではなく、被害が出ないように事前の対策を講じることにし、潮の流れ、波の高さ等のデータから海の状態を予測できるようにしました。その効果が出て、今では大幅に被害が軽減されています。

台風の度に県や町にお世話になった分、恩返しをしたいと地域活性化にも強い思いを持っておられます。

出航は午前5時!この絶景は漁師の特権!?

出航の予定時刻は午前5時。10分前には来るようにという指示でしたが、少し早めに到着すると、港に人影はなくシンとしています。皆さんを待つ間、朝焼けの海を眺めていました。地元の方によると、夕焼けで空が真っ赤に染まる日は天気が良いけれど、朝焼けで真っ赤になる日は天気が悪く、昼頃からは必ず雨が降るそうです。朝はきれいなグラデーションの空が見えたらお天気とのこと。今日は予報通り晴れそう!

絵画のような一枚

写真を撮ったりしているうちに、10分前には漁師の皆さんが集まってきて、あっという間に出航の準備が整いました。船は港を出るとギュンと速度をあげ、朝日の方角に向かって走り出します。視界を遮る建物もなく、地平線に浮かぶ日の出、まるで船に並走するかのように頭上を飛ぶカモメ――、拙い言葉ですが、なんて美しい景色なのでしょう!

定置網に向かう船

定置網に到着するまでは船上も穏やかで、漁師の皆さんに「ここに座ったらいいよ」「あっちでトビウオが飛んだよ」などと声をかけていただきました。

いよいよ漁の始まり。定置網漁の仕組みとは

澤田さんがリモコンでコントロールして船を定位置につけると、船上は一気に忙しくなります。全員が慌ただしく動き回り、準備が整うと、左右で合図しながら概ね均一のスピードで網を引き上げていきます。左右のバランスが悪いと、せっかく網にかかった魚が逃げてしまうそうです。

定置網漁では、障害があると沖に逃げるという魚の習性を生かしています。岸から沖に向けて張った500メール程度の道網で魚の行く手を遮り、沖方面へ泳がせるところから始まります。魚が泳いでいった先には運動場を用意しておきます。そこに入った魚が登り網を泳いでいき、箱網に到達します。箱網は深くなっていて、魚はその中で自由に泳げるのですが、いったん入るとそこから出にくくなるという仕組みです。そうして箱網に集まった魚を、網を手繰り寄せて追い込むことで捕獲します。

船が到着するなり、作業が始まる

定置網で捕獲するのは、道網にかかった魚のわずか2~3割程度だそうです。運動場に入っても7~8割ぐらいが逃げてしまうからで、そのせいで乱獲につながりにくいという特性があります。明治時代にはすでにあった伝統的な手法で、人や環境に優しい漁法と言われています。

本日の成果はアジ、ヤリイカ、マダイなど

天気が良いとはいえ、波はそれなりにあって船は揺れますし、甲板は濡れていて滑ります。私たちは慎重にそろそろ歩いていたのですが、漁師の皆さんは慣れたもの。船の端から端まで機敏に動き、作業が滞りを見せません。

漁師の鍛えられた体幹に驚く

網の引き上げがある程度進むと、船の中央で網を手繰り寄せていきます。そしてその網の中に魚をすくい上げるタモ網を突っ込み、魚の水揚げが始まりました。水揚げの傍らでは、魚の選別や活け締め(刃物で即死させて血抜きすること)の作業が行われていきます。大きなタモ網で何度引き上げたことでしょうか。水揚げが完了すると、網をさっと海に戻して、船は港に戻り始めました。漁師の皆さんのポジションはほぼ固定だそうです。阿吽の呼吸ですべてが終わり、船が動き出してはじめて港に帰ることに気が付きました。

大きなタモ網で魚をすくい上げる

この日獲れたのはアジ、ヤリイカ、マダイなど。ブリやヒラマサが大漁の日もあるそうです。5月~8月頃のシーズンになると、県産品のシロイカ(ケンサキイカ)もたくさん獲れるようになります。土曜日で市場の空いていない日だったのですが、港には人が集まっていて、到着するなり仕分けが始まり、30分程度で箱詰めが完了しました。魚の価格は日によって大きく変動するそうです。たった数日で5倍にもなることがあるというので、驚きですよね。

見事な手さばきで仕分けが進む

漁獲量の減少に悩まされる漁業の実態

一般的に乱獲や気候変動など、さまざまな要因で日本の魚の漁獲量が減少していると言われています。岩美町の定置網漁もその例外ではなく、近年は大幅に漁獲量が減ってしまい、今年も厳しい状態が続いているそうです。

澤田さんは漁師になってからの6年間、実際に漁に出て海に起きている変化を肌身で感じているほか、漁業組合から卸売市場のデータを取り寄せて観測し続けています。昨年は漁獲量が少し上向いたものの、それまでは年々減少し、魚種も安定しないと言います。

定置網漁は魚のいる場所に獲りに行く漁ではなく、「来た魚を獲る漁」です。海の変化を一番よく観察できる漁と言えるかもしれません。近年はシロイカや安定して獲れていたサワラが減り、クロマグロや幼魚のヨコワが沿岸部でも獲れるようになってきました。

変化だけではなく、課題も多くあります。例えば、ムラサキウニの過剰な繁殖が、全国的な課題になっています。海藻を食べ尽くしてしまい、サザエやアワビ、魚の住む場所がなくなってしまうため、県や町の補助を受けながら、澤田さんら漁師もウニ駆除に乗り出しています。

澤田さんは、山の変化や生活排水がきれいに浄化されるようになったことも、海のプランクトンやバクテリアの餌となる栄養分につながり、魚が減る原因にもなっているかもしれないと指摘します。私たちに現在できることは何でしょう、と問いかけて二人で言葉に詰まってしまいました。一人の人間として暮らしの中で取り組めること、これはいつも難しい課題です。

漁獲多様な魚に目を向けてほしい

最後に、私たち消費者に伝えたいことを伺いました。一つは「定置網漁が魚を獲り過ぎず、サステナブルな漁法であることを知ってほしい」ということ。もう一つは、「未利用魚を知ってほしい」ということでした。

漁獲量が少なく、流通に乗らず利用されにくい魚を一般的に「未利用魚」と言います。近年は未利用魚に対する認識も少しずつ高まり、有効活用される事例も増えてきていますが、まだ活用できていない漁業者も多くいます。消費者の手に届く手段は必要ですが、まずは消費者の皆さんに認知してもらいたいというメッセージを受け取りました。

漁の間もカモメが船の傍を飛び交う

今回は定置網漁に同行するという貴重な経験をさせていただきました。普段なかなか触れる機会のない漁師の世界ですが、現場を見たり、直接お話を伺ったりすることで、漁業や魚について関心を深めるきっかけとなりました。
実は、港で船から降ろしたばかりのアジとヤリイカのお造りをごちそうになったのですが、これが絶品でした!鮮度の良さはもちろんですし、漁を間近で見たという体験もおいしさを増幅させてくれたかもしれません。

ロシカルでは、今後も地域の産業に密着した情報をお届けしていきます。